運命の出会い ~サウスウエスト~(その2)

(前回の続き)
モノに対して真の意味で虜になる時とはいかなる時であろうか。多分それは理詰めのものではなく人の中の「獣」の部分がそれを欲する時ではないだろうか。

「今日はえらくシンプルなキューですが、どこのキューですか?」
「ふふふん。とりあえず突いてみるかい?」
手に取ったキューはハウスキューでさえ施されているハギと呼ばれるギザギザの
装飾もなく、本当に木の棒という感じのシンプルなものだった。
今までの芸術品のようなキューとは違い、拍子抜けするほど当たり前に存在する
そのキューは持った瞬間、僕に表現できない「何か」を感じさせていた。
すっと構えて簡単な球を軽く突いた。

キューの良し悪しを語る上で、見越しというひねりによるズレの度合い、押し引きのキレ、パワー、振りやすさなど、多少の味付けの差はあるものの高価なキューはそれなりにレベルが高く、さらに装飾の度合いによってその価格は天井知らずになる。しかしこれらの要素も所詮スペックであり、「獣」が感じる要素にはなりえない。
今までモノを買う場合、基本的になにかしらのスペックなるものを拠り所にしてきた。この意味では「ブランド」や「デザイン」もスペックに入る。
このキューを突いた時、僕の中ではそのキューから受ける「感覚」のみがそのキューの価値となった。
球突きのルールに基づきラシャの上の球をコーナーに入れるためにここにある筈のそのキューは、球に向かって木の棒を当てるという単純な行為だけで五感を痺れさせるのである。
僕の中の「獣」が欲したのはキューではなく感覚なのである。またそれがシンプルな木を素材に職人が作ったものであるが故によりダイレクトに訴えかけるのである。こんな状況に陥ったのは初めてだったのでその時のことは具体的にあまり覚えていない。
そこにはひたすらこのキューを譲ってくれるよう懇願する自分がいたのである。
超高級なキューをコレクションしているにも関わらず、その老紳士はこのシンプルなキューを譲るわけにはいかないと固辞した。やっと老紳士から聞き出せたのはそのキューは「サウスウエスト」という名で、まだ日本には正式に輸入されていなく、シンプルなキューであるにも関わらず最低1500ドルするということだけであった。
その後その老紳士に会うことはなかった・・・。


今日において「サウスウエスト」というブランドのキューは銘キューとして今でも多大な人気を誇っており、中級クラス以上の選手でこのキューを持っている人も少なからずいる。
インターネットという言葉さえなかった80年代半ば、このキューに関する情報を手に入れるのは非常に困難であった。かろうじて来日していたアメリカのビリヤードプロにお願いしてやっと手に入れることができたのはそれから一年後のことである。
当時ではまだ日本でそのキューを持っている人はほとんどいず、よいキューらしいという噂が流れ出した頃でもあったため、日本のプロから「是非譲ってくれ」と打診されたこともある。

やっと手に入れた時支払った金額は当時の給料の約一月分であったが「安い」と思った。結果的に世間(ビリヤード界で)で認められる銘キューであったわけだが、最初に突いた時にはそのようなスペックは関係なかった。先見の明があったとも思っていない。出合ったのは偶然である。その時の状況はスペック的にまっさらであったにも関わらず虜になり、苦労して手に入れて、今でも現役として活躍し、死ぬまで愛用するであろう。
モノとの出会いは様々であるが、僕にとってこんなに純粋な出会いはあまり経験がない。ミーハーでスペック重視の僕であるが、この「サウスウエスト」との出会いはいろんなモノとの出会いの中で大きなターニングポイントであったのも確かである。
(後日談)
その後2本の「サウスウエスト」を購入することになるが、その話はまたいずれ・・・。

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運命の出会い ~サウスウエスト~(その1)

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高価なものを購入するにあたり人は何かしら拠り所にするものがある筈である。ただ、それが全く趣味のものであった場合自分にとってこの出費が正当なものであるか しばしば自分の持っている「拠り所の基準」が信じられなくなってしまう場合がある。

「今、これを欲しているのは魂から欲しているのか」
「一時の熱にうなされているだけではないのか」
「相手(mono)の甘言(上手いコピーや宣伝)に騙されているのではないか」
「この先これを買って後悔することはないか。もっといいものがあるのではないか」

お気づきのとおり高価なものを購入することは恋愛のそれと酷似している。
要は自分の気持ちというものは突き詰めると実は意外とわからないものである。その中であるときは成功し、あるときは失敗し学んでゆくのである。ただ、大きな失敗はだんだんと避けられるようになっても、恋愛と同じく「達人」というものには誰もなることはできない。
そのような迷いの連続であろう高価モノとの出会いの中でごくたまに全く迷いのない領域に達することがある。俗にいう「値段なんか関係ねえ状態」である(言いませんか?)
前置きが長くなってしまったが、僕の中でそのような状態を明確に意識したのが、今回のプールキュー「サウスウェスト」である。今から約20年ほど前、ちょうど「ハスラー2」の公開で巷では第二次ビリヤードブームの頃、すでにビリヤードにはまっていた僕はそれなりのマイキューである「ショーン」というブランドのキューを使用していた(当時約9万円)。ショーンにまったく不満はなかったのだがある日運命的な出会いが起こるのである。
行き着けのビリヤード場にはキューマニアと思われる老紳士が時々やって来ていた。その老紳士はお金持ちらしく当時でも高値の花であった「バラブシュカ」やら「タッド」やら「リチャードブラック」やらを次々と来る度に持ってきて見せびらかすのである。(当時の価格でも50万~500万)これを若い奴がやるといけ好かないのであるが、品のいい紳士であるそのおじいさんがやると、嫌味がなく我々もいつも触らせてもらったり、突かせてもらったりと楽しみにしていたものである。
その日も会社を早々に出、いつものビリヤード場でひとりで練習していると、例の老紳士がいつも持ってくるような装飾のされた派手な高級キューではなくハウスキュー(お店に置いてあるキュー)と見間違う程シンプルなキューを持ってきたのである。(続く)

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